『豊臣兄弟!』夫は囚われ、幼い息子は処刑命令…黒田官兵衛(倉悠貴)を支えた正室・櫛橋光、波乱の生涯:2ページ目
さて、夫の官兵衛は織田信長(小栗旬)の器量を見込んで、主君の小寺政職(こでら まさもと)に臣従するよう進言します。
しかし実家の兄・櫛橋政伊(まさこれ)らは信長を快く思っておらず、天正6年(1578年)に播磨国の別所長治(べっしょ ながはる)が織田に叛旗を翻すと、政伊らもこれに呼応しました。
信長はただちに次男の織田信雄(のぶかつ/のぶお)を派遣し、志方城を包囲させます。政伊は同年8月10日に降伏し、城兵の助命と引き換えに自害して果てたのでした。
いっぽう夫の官兵衛は、謀叛を起こした荒木村重(トータス松本)を説得するため、有岡城(伊丹城。兵庫県伊丹市)へ赴きます。
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しかしそのまま捕らわれてしまい、いつまで経っても戻らない官兵衛にしびれを切らした信長は、人質にとっていた松寿丸を処刑するよう命じました。
これを知った竹中半兵衛は松寿丸を匿い、そのお陰で、生還した官兵衛は無事に我が子と再会できたのです。
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以降も官兵衛は秀吉の軍師として活躍し、豊前国中津(大分県中津市)12万石の大名にまで立身出世を果たしました。
光は秀吉に対する人質として差し出され、他の大名妻子と同じく大坂に預けられたと言います。
天正18年(1590年)に秀吉の天下一統が成し遂げられ、しばらく心安らかに暮らしていたであろう光たちに、突如として不幸が襲いました。

