あの「豊臣秀吉は猿に似ていた」エピソードは創作!?伝説の裏に秘められた“ステルス神格化”とは:2ページ目
成功した策略
現代から見れば当然のことですが、現実の豊臣秀吉は決して神秘的な存在ではありませんでした。
宣教師のフロイスは秀吉を「下賤の家柄」と記していますし、上井覚兼も「由来なき仁」と評しています。つまり、当時の人々が秀吉のことを徹底して低く見ていたのは間違いありません。
さらに、彼には指が六本あるという身体的特徴がありました。身分の低さ、貧相な外見、異形の身体という要素が秀吉にどれほどのコンプレックスを植え付けたかは想像に難くありません。
そうしたコンプレックスを上書きする意図でもって、秀吉自身が自らを神格化しようと「日吉丸という幼名」「猿そっくりの容貌」というエピソードを作り出した・あるいは作り出させたとすれば、これは理に適ったことです。
中世の人々にとって、ある程度の地位まで上り詰めた人物が自らを神格化しようとするのは珍しいことではありませんでした。
現に徳川家康はそうしていますし、その後の江戸時代の繁栄ぶりを見れば、天下人を神として祀るのは社会秩序を保つ方策の一環として当然のやり方だったと言えるでしょう。
これは想像ですが、豊臣秀吉の場合は個人的なコンプレックスを上書きする意図もあったため、可能な限り神格化の過程を見えにくくする必要があったのかも知れません。
そしてその策略は成功したのです。だからこそ「日吉丸という幼名」「猿そっくりの容貌」という(もともとは)神秘性を帯びたエピソードも、その後何百年間も創作ではなく史実として伝えられてきました。
ご存じの通り、その後豊臣家は没落し、秀吉の神格化も最終的には失敗に終わっています。しかし上記のエピソードが今でも史実としてまことしやかに語られている点を見れば、いわばこのステルス神格化の試みだけは完全にうまくいったと言えるでしょう。
参考資料:
呉座勇一『真説 豊臣兄弟とその一族』2025年、幻冬舎新書
中公ムック『歴史と人物24 豊臣秀吉と秀長 完全ガイド』2025年、中央公論新社
TJ MOOK『歴史アドベンチャー 豊臣秀長 天下統一を成し遂げた兄弟の軌跡』2025年、宝島社
MSムック『豊臣秀長と秀吉 戦国乱世と天下統一への道』2025年、株式会社メディアソフト
画像:Wikipedia,PhotoAC

