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朝ドラ【風、薫る】大山捨松が輝いた『鹿鳴館』はなぜ4年で終わった?西洋化への反感と風俗の乱れ

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「ウェルカム トゥ 鹿鳴館。これが鹿鳴館よ」

以前、「日本初の看護婦学校を作った実在人物・大山捨松の生涯」をご紹介しましたが、史実でもドラマの中でも「鹿鳴館の華」として捨松は注目の的でした。

朝ドラ『風、薫る』学問を武器に!日本初の看護婦学校を作った実在人物、大山捨松(多部未華子)の激動の生涯

3月末から始まった、NHK朝の連続ドラマ小説『風、薫る』。日本初の「看護婦」への道を切り拓く一ノ瀬りん(見上愛)と大塚直美(上坂樹里)の物語ですが、日本初の看護婦学校を設立した実在の人物で、『…

けれど、ドラマの中では、そんな彼女に対して嫉妬した女性たちが陰口を言う場面も描かれています。

日本の外交官の妻たちでしょうか、捨松を「欧風芸者」と悪口三昧。けれども意地悪な表情のご婦人方は、ドレスも地味で所作も板についていないという描き方。

知識や経験値・ルックス・スタイル・才能・ハートの強さ・エレガントな所作・流暢な語学etc……何ひとつ叶わない捨松への嫉妬ゆえの悪口や中傷は、実際にあったのではないでしょうか。

「出る杭は打たれる(特に美しく才能溢れる女性への)」風潮は、明治時代も令和の今も、少しも変わっていないのを感じます。

捨松は直美に「ウェルカム トゥ 鹿鳴館。これが鹿鳴館よ」と言います。

そして、「渡米し語学も学問も身につけたのに、帰ってきたらこの国には女の私がそれを生かす場所がない。」と。

けれど、捨松は「鹿鳴館は、絢爛豪華なハリボテだけれど、使い方次第では私がやりたいことができる」といいます。

ドラマのセリフ通り、実際に捨松は、日本初のチャリティ・バザー『鹿鳴館慈善会』を開催。

そして、その売上金を全額病院に寄付、『日本初の看護婦養成所』を設立するなど、後世の日本に残る偉業を成し遂げています。

捨松はアメリカで看護婦の資格も取得、上流階級の女性たちが設立した貧困女性や子供たちを助ける『アワー・ソサイアティ(私たちの会)』で、ボランティア精神を学んだ人でもあります。

看護やボランティアを通じ女性の働く道を切り開くのが「This is my life」の捨松。ドラマでは、りんや直美に影響を与えて彼女らを「トレインド・ナース」への道へと導くのでしょうか……。

3ページ目 華やかな社交の場として4年間続いた「鹿鳴館時代」

 

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