“頑固一徹”の語源に!織田信長の褒美を拒否した頑固者・稲葉一鉄「豊臣兄弟!」に登場の美濃三人衆の実像:2ページ目
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単なる無骨者ではなかった一鉄
一鉄は、頑固さゆえに無骨者と思われがちですが、高い教養も兼ね備えた人物でした。
それが際立つのが、天正2年(1574年)の出来事です。
織田信長は一鉄に関する讒言を受け、茶会の席で暗殺を企てます。
事態を察した一鉄は、床に置かれていた虚堂智愚(きどう-ちぐ)の墨蹟を読み下し、自らの無実を訴えました。
一鉄の学識の高さと対応に信長は感銘を受け、一鉄の無実を認めたと伝えられています。
幼少期に僧として、快川紹喜(かいせん-じょうき)のもとで学んだ経験がここで活きたのでしょう。
信長から絶大な信頼を置かれた一鉄
先の一件以降、一鉄は信長から一層一目置かれる存在となります。
それをよく表しているのが、天正3年(1575)の出来事です。
上洛を終えた信長は、通常であれば岐阜へ戻るところを、あえて一鉄のもとを訪ねました。
突然の訪問に、一鉄は孫たちに能を舞わせて応じます。
それを見た信長は大いに喜び、帯刀していた刀を褒美として与えました。
また、一鉄が無断で出家したことで信長の怒りを買い、謹慎処分となったこともあります。
それでも一鉄自らが挨拶に赴いたことで、関係が修復したツンデレなエピソードもあることから、信長が一鉄を深く信頼していたことがうかがえます。
頑固さだけではなく、その奥にあった教養と武勇こそが、信長に重用された理由だったと考えられます。
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