江戸時代の農民は“弱者”ではなかった!幕府の強制検地をも断念させた百姓たちの交渉力と生活防衛術:2ページ目
強制捜査も中止に追い込む
ところで江戸時代の農村には、隠し田と呼ばれる帳簿外の田んぼが存在していました。ここで収穫された米には一切の年貢がかからないため、農民たちの重要な裏金となっていました。
役人も隠し田の存在を察知していましたが、あえて深く追及していませんでした。
もちろん領主側も、隠し田を摘発して税収を増やしたいという本音は持っていました。しかし、そのために行われる検地という調査は、政治的に極めてリスクの高い行為だったのです。
どういうことかというと、土地を正確に測れば隠し田がバレるため、農民たちが猛反発するのは必至です。検地を強行することは現代の強制捜査に等しく、農民の怒りを買う危険な博打だったのです。
実際、天保十三年に幕府が近江で行おうとした検地が、農民たちの反対で中止に追い込まれたというケースも存在します。
当時の農村は武力に匹敵する集団的な交渉力を持っていました。彼らはただ支配されるだけの社会的弱者ではなく、主体的な力を持っていたのです。
