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源義経はなぜ兄・源頼朝に殺されたのか?後白河上皇との接近が招いた必然の悲劇

源義経はなぜ兄・源頼朝に殺されたのか?後白河上皇との接近が招いた必然の悲劇:2ページ目

致命的な越権行為

義経が頼朝の逆鱗に触れた最大の理由は、許可なく官職を受けたことです。彼は後白河上皇から検非違使などの役職を授かってしまったのです。

一見すると名誉なことに思えますが、これは幕府に対する致命的な裏切り行為でした。なぜなら、頼朝は武士の賞罰を独占する権利を朝廷に認めさせていたからです。

頼朝が全国の武士を統率するための絶対条件は、朝廷との接触を断つことでした。武士たちは朝廷ではなく頼朝に忠誠を誓うことで、結束していたのだからこれは当然のことです。

当時の武士は朝廷の権威に簡単に取り込まれる脆さがありました。だからこそ頼朝は、武士が朝廷に直接仕えることを厳しく禁じていたのです。

この大前提を、戦の天才である義経はあっさりと踏みにじってしまいました。朝廷から直接の褒美を受け取る行為によって、頼朝の権威を根底から破壊してしまったのです。

義経という怪物が朝廷と結びつけば、武士団の忠誠心は二分されてしまいます。頼朝にとって義経は、幕府を崩壊させかねない最凶の爆弾でした。

義経が朝廷の役人になることは、武家政権の独立性を捨てるのと同義です。頼朝は、この一点において義経を許すことができなかったのです。

3ページ目 武家政権を守るために義経を消すしかなかった

 

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