【豊臣兄弟!】藤吉郎は「恩」を忘れない!主従は逆転しても恩は消えず…松下之綱との強い絆:4ページ目
秀吉と同年に亡くなる
同じ天正15年(1587年)に従五位下(じゅごいのげ)の位階と石見守(いわみのかみ)の官職を叙せられた之綱は、丹波国(京都府中部)に3,000石を加増。これで6,000石となりました。
やがて秀吉が天下一統を成し遂げた天正18年(1590年)、之綱は遠江国久野(静岡県袋井市)に10,000石を加増。16,000石の大名となったのです。また備州長船康光(びしゅう おさふね やすみつ)の太刀を与えられたと言います。
そんな之綱は慶長3年(1598年)2月30日。秀吉が亡くなるおよそ半年前のことでした。享年62歳。
戒名は綱元院殿天翁長珊大居士(こうげんいんでん てんおうちょうさんだいこじ)または正寿院殿故石見守真誉長参大居士(しょうじゅいんでん こいわみのかみ しんよちょうさんだいこじ)。墓所は久野の頭陀寺にあります。
家督は嫡男の松下重綱(しげつな。右兵衛尉)が継ぎ、徳川家康に仕えて活躍するのでした。
終わりに
【松下家略系図】
……松下高長(西條から改姓)-松下長信-松下國長-松下國綱-松下定綱-松下長尹(ながまさ)-松下長則-松下之綱-松下重綱-松下長綱-松下長光-松下重長-松下之郷(ゆきさと)-松下之喬(ゆきたか)-松下之矩(ゆきのり)-松下千代松(早逝)
※『寛政重脩諸家譜』巻第412 宇多源氏(佐々木庶流)松下より。
今回は藤吉郎が初めて仕えた松下加兵衛こと松下之綱について、その生涯をたどってきました。一度は別れても再び出会う絆の強さに、感動を覚えた方もいるのではないでしょうか。
ちなみに松下家は宇多源氏・佐々木氏の末裔であるため、四目結(よつめゆい)の家紋を使ってきました。それが秀吉から五七桐(ごしちのきり)紋と、十六葉菊(じゅうろくようぎく)紋を賜わっています。どちらも秀吉の大切な紋ですから、よほど之綱を大切に思っていたのでしょう。
果たしてNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では松下之綱が登場するのか、登場するなら誰がキャスティングされるのかも注目です!
※参考文献:
- 『寛政重脩諸家譜 第3輯』国立国会図書館デジタルコレクション
- 神谷昌志『見る読む浜松歴史年表』羽衣出版、1995年7月冨永公文『松下加兵衛と豊臣秀吉―
- 戦国・松下氏の系譜』東京図書出版会、2002年11月