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新選組トップ・芹沢鴨はなぜ隊内で暗殺された?史料から見える、組織の都合で作られた悪人像

新選組トップ・芹沢鴨はなぜ隊内で暗殺された?史料から見える、組織の都合で作られた悪人像:2ページ目

責任は芹沢一人が負うべきものなのか

ここまではいいのですが、問題はその後です。後に子母澤寛が書いた『新選組始末記』という本によって、芹沢は突然「酒乱で暴力的な無頼者」になってしまいました。

ここでのキャラクター像がテレビドラマや漫画でコピーされ、後世でも「芹沢=悪党」というイメージが定着してしまったのです。

彼の悪行として有名なのが、まず大坂で力士を鉄扉で殴り殺して大乱闘になった力士乱闘事件です。次に遊郭で酒に酔って暴れ、店を営業停止にさせた島原角屋暴れ込み

そして芸妓を脅して髪を切らせた吉田屋芸妓髪切り事件、最後に店を放火して焼き払った大和屋焼き討ち。この四つが挙げられます。

こうした罪状によって芹沢は暗殺されたわけですが、しかしそもそも、これらの事件は本当に芹沢一人が責任を負うべきものなのでしょうか。

実は、力士乱闘事件には沖田総司・永倉新八・山南敬助ら、後の新選組の主要メンバーも関与していました

そして芹沢は後に力士側と和解し、興行を手配するなど、仲裁者として動いています。単なる暴れん坊ではなく、最後はまとめ役になっていたのです。

大和屋襲撃にしても、実は生糸の買い占めで庶民の怨嗟を買っていた大和屋への「懲罰」という側面がありました。

しかも襲撃は突然行われたものではなく、事前に町年寄に通知していたという記録も残っています。

つまり、これは芹沢個人の気まぐれで起こされた違法行為ではなく、法手続き的には正当でもあったのです。

3ページ目 クーデターとしての暗殺

 

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