【豊臣兄弟!】藤吉郎と小一郎の強烈な光と影…“好かれたい” 野心の兄vs“正しくありたい” 理性の弟を考察:2ページ目
初回から“兄”と“弟”の違いがくっきりと
初回「二匹の猿」の感想で一番多かったのは「テンポがいい」。
そして「藤吉郎(池松壮亮)と小一郎(仲野大河)の演技がうまい」「織田信長(小栗旬)がかっこいい」など。笑ったのが「柴田勝家だけ “本物連れて来た”」という感想(山口馬木也さんです)。そっくりでしたね。
初回前半、「二匹の猿」は、8年ぶりの再会を感じさせない、ノリツッコミのように会話を弾ませる兄弟の様子が描かれました。遠慮のなさはいかにも、“兄弟”なんだなと感じるシーン。
明るくて調子がよくてパワフルだけれど、平気でウソを付き悪びれない兄・藤吉郎。真面目で落ち着いていて、揉め事の仲裁に入ると両方の味方をしつつ全員が納得する采配の手腕を発揮する弟・小一郎。
“素早く自分の利になるよう秒で頭を回転させる兄”と、自分というよりも“皆が満足するように知恵を巡らせ解決する弟”の違いが明確に描かれていましたね。
「珍しく子役のいない大河だ」という声も。けれども、“幼少期の仲睦まじい兄弟”時代から描いていたら、突然戻って来た兄ととまどい怒りすら覚えている弟の、二人のコントラストはテンポよく伝わってこなかったかもしれません。
「野心と情熱」の兄 vs「理性と正しさ」の弟
8年前、土豪・坂井喜左衛門(大倉孝二)の屋敷から仏画を盗み姿を消した藤吉郎。そのせいで、残された家族は“盗人の身内”として蔑まれ肩身の狭い思いをして生きて来ました。
そんな兄に対抗する気持ちもあったのでしょう。正しく生きて来た小一郎。
戦が始まり戦場に向かう村人たちに対し、「戦場では盗みばかり」と出向きません。兄への長年の怒りと、自分は兄のようになるまいと「理性」を働かせます。
けれど、姉とも(宮澤エマ)に「甘ったれたこと言ってないで、戦に行き銭や食いもんをとってこい!」と怒られます。満足に食べられない極貧生活の中で、正しく生きる「理性」など何の役にも立たず、腹も膨れず、家族を救うこともできない現実。
そんなとき、兄が、飄々と何事もなかったかのように戻ってきました。「久しぶりじゃの、小一郎!」と、太陽のように弾ける笑顔で。
盗人として罵られ泥沼に落ちても這い上がってきた兄。「わしが仕えておるのは、織田信長様(小栗旬)じゃ」と誇らしげに笑います。
極貧生活を抜け出すには、細々とまじめに暮らすではなく、まずは「力だ!」とばかりに。
けれども、藤吉郎の野心と自信に満ち溢れた明るい笑顔に、どこか虚勢をはっている痛々しさや薄氷を踏むような危うさを感じてしまいました。
情熱や野心という、移ろいやすいもので人を魅了し動かしていこうとする兄と、理性や采配で正しき方向に人を導こうとしていく弟。
「この先、同じ方向を見て歩んでいっても、交わることはないのでは」と感じさてしまいました。

