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山形県のお正月を彩る伝統和菓子「初飴(はつあめ)」とは?あの戦国武将との深い関係も

山形県のお正月を彩る伝統和菓子「初飴(はつあめ)」とは?あの戦国武将との深い関係も:2ページ目

市の神様

最上義光は慶長五年、西暦1600年の長谷堂合戦では徳川方につき、あの上杉景勝の重臣である直江兼続の軍勢と激しく戦いました。

その功績によって57万石、実質的には百万石とも言われる広大な領地を持つことになり、全国でも第五位の大大名へと上り詰めました。

武勇に優れていただけでなく、義光公は文化的な才能も豊かでした。特に連歌の才能は素晴らしく、戦国大名の中でも随一と評されていたほどです。

そんな文武両道の指導者のもとで育まれた初市は、江戸時代から現代に至るまで、その熱気を失うことなく続いてきました。

さて、この初市で忘れてはならないのが福を呼ぶ縁起物である切飴・初飴の存在です。山形の初市と初飴は、切っても切り離せない深い関係にあります。

初飴の起源は、特産品である紅花の豊作と商売繫盛を祈ることにありました。

かつては紅白の飴を半紙に十五、六個ほど盛り付け、それを紅花を筵に広げて干す様子に見立てて、市の神様に供えたのが始まりだとされています。

当時は盛飴旗飴とも呼ばれ、紙に盛った飴に竹の棒を付け、持ち歩けるような形のものもありました。それが時代とともに変化し、現在のようなと形で親しまれるようになったのです。

3ページ目 伝統と革新的フレーバー

 

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