日本の中心に息づく逆臣・明智光秀の血──「本能寺の変」の“その後”に残された末裔たちの真実:3ページ目
“逆臣”から“郷土の英雄”へ
福知山には「明智藪」や「光秀井戸」など、光秀ゆかりの地名が今も多く残ります。また、春には「福知山光秀まつり」が行われ、地元の人々が光秀の功績を称えます。NHK大河ドラマ『麒麟がくる』(2020年)放送時には、福知山城や資料館が全国から注目を集め、観光客が殺到しました。
かつて“逆臣”と呼ばれた武将が、いまや“郷土の誇り”として再評価されている。これは、時代の流れが彼の理想を見直した証拠ともいえるでしょう。
信長を討った理由が「理想の政治への反逆」であったなら、光秀は単なる裏切り者ではなく、“信念を貫いた政治家”だったのかもしれません。
2025/11/07 17時10分 記事内容を訂正
参考文献
- 小和田哲男『明智光秀 つくられた「謀反人」』(PHP研究所, 1998年)
- 二階堂省『明智光秀の生涯 歴史随想』(近代文芸社, 1996年)
- 高柳光壽『明智光秀 人物叢書 1』(吉川弘文館, 1980年)
- 二木謙一 校注『明智軍記』(新人物往来社, 1995年)
- 戎光祥出版編集部 編『図説 明智光秀』(戎光祥出版, 2021年)
- 中村敏英『江戸時代の明智光秀』(思文閣出版, 2015年)
- 高橋成計『明智光秀の城郭と合戦』(戎光祥出版, 2019年)
- 菊地浩之『織田家臣団の系図』(KADOKAWA, 2019年)