大河「べらぼう」蔦屋重三郎と瀬川を生涯結ぶ2冊の本 『心中天網島』『青楼美人』の紹介と考察【前編】:2ページ目
近松門左衛門『心中天網島』に託す「一緒に逃げよう」の覚悟
瀬川を身請けする財力もない蔦重は、吉原名物の行事・玉菊燈籠の見物客に紛れて瀬川を逃す計画を立てます。大門を出るときに必要な許可書(女切手)を使い、一般客を装い外に出る方法です。
妓楼主サイドの人間に見張られているので、合って瀬川と話すことを避けた蔦重は、偽造した許可書を貸本に挟み、さりげなく瀬川に渡します。その本は、近松門左衛門の名作『心中天網島』でした。
享保5年(1720年)に初演された『心中天網島』は、近松の世話物(町人の生活や風俗を題材にした演目)の代表作で、大坂・天満の紙屋治兵衛と曽根崎新地の遊女・小春との実話をもとにした作品になります。
遊女小春の身請け話に想いが再燃してしまうあらすじは……
妻子ある治兵衛は、深い仲になった小春と別れたものの彼女の見受け話を聞き想いが再燃。治兵衛の妻おさんは苦しむ夫が自害をするのではないかと心配し、着物を売って小春と会う金を工面するのですが、父親がそれを知り激怒。離縁され家に連れて帰り、絶望した治兵衛は小春と心中するという内容です。
なぜ蔦重はこの本を選んだのでしょう。小春の身請け話に嫉妬した治兵衛に自分を重ねたのか、この話のように「最後はお前と心中するつもりでいる」という覚悟のほどを伝えたかったのか。いずれにしても、瀬川はこの本に託されたメッセージにすぐ気が付いたことでしょう。
