
大河「べらぼう」蔦屋重三郎と瀬川を生涯結ぶ2冊の本 『心中天網島』『青楼美人』の紹介と考察【前編】
「あんたが何かくれる時はいつも本だなって」……
身請けされ吉原を出ていく瀬川花魁(小芝風花)が、自分に餞別として本をくれた蔦屋重三郎(横浜流星)に笑いながらかけた言葉です。
その言葉の通り、蔦重と瀬川がまだ幼い頃から日常的に存在し、二人の絆を固く結んでいたのが『本』でした。
ドラマ「べらぼう」の中で『本』というアイテムは、蔦重と瀬川についで主役級の存在感を放っています。蔦重にとっては人生をかけたビジネスであり、瀬川と蔦重の間では日常的に存在していたものでもあり、瀬川にとってはひととき別世界の夢を見られる大切な存在でもあります。
以前「瀬川の運命を左右した3冊の本」をご紹介しました。↓
大河「べらぼう」繁盛しても地獄の吉原。五代目・瀬川花魁(小芝風花)の運命を左右した3冊の本【前編】
そこで、第9話「玉菊燈籠 恋の地獄」と第10話「『青楼美人』の見る夢は」で、蔦重と瀬川の二人を巡る運命が大きな変化を迎えた今、その後の未来にも大きく関わることとなる2冊の『本』をご紹介しましょう。
本気の夢を託した『本』と、離れ離れになっても扉を開けば思い出と夢が蘇る『本』の2冊です。ともに、蔦重が瀬川に20年分の想いを込めた『本』だったのです。
ようやく自覚した恋もむごい現実が立ちはだかる
NHK大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」は、回数を重ねるごとに、「苦界十年」といわれた吉原の厳しさが描かれています。
遊女たちの全裸遺体が大反響を呼んだ初回以来、「衝撃的だった」との声がネットやSNSで上がったのが、第9回「玉菊燈籠恋の地獄」のワンシーンでした。
恋愛感情に鈍感だった蔦重は、瀬川に身請け話が持ち上がり嫉妬の感情が芽生え、ようやく彼女への想いを自覚し「年季開けには請け出す」と約束。瀬川の想いがようやく実った……かに思えました。
ところが、松葉屋の主人半左衛門(正名僕蔵)に謀られ、客をとっている真っ最中の五代目・瀬川(小芝風花)の「声」を聞かされ「姿」を目撃させられ、さらに「これが瀬川の務めよ。これを年季開けまで続けさせる気か」と言われ衝撃を受けます。
苦渋に満ちた蔦重の表情と姿を見られ絶望したような瀬川の表情……吉原のむごい現実に胸が引き裂かれる思いをした人は多かったようです。
2ページ目 近松門左衛門『心中天網島』に託す「一緒に逃げよう」の覚悟