学校では実はもう「大化の改新=645年」とは教えていない!?あの語呂合わせは使えません:3ページ目
「倭」から「日本」へ
まずそもそも、古墳時代からの呼称だった「大王」が「天皇」という名称に変わったのは天武天皇の時代からだと、現在では明らかになっています。
よって「日本」という国の名前が公式に定められたのはこのときだとするのが、前者の説です。
また、後者の大宝律令制定以後という考え方は、702年に遣唐使が持参した文書に「日本」という言葉が使われていたからです。
対等な律令国家として中国に正式な国交を求めるべく、「日本」を名乗ることでかつての「倭」という蔑称を改めてもらおうとしたわけです。
より具体的に670年に「日本」が使用されているのが、中国の歴史書『旧唐書』東夷伝と、そして朝鮮の『新羅本紀』です。
『後漢書』『三国志』『宋書』『隋書』はずっと「倭」と表記していますが、『旧唐書』『新唐書』『宋史』『元史』『明史』はすべて「日本」と記載。このことからも、明らかに「日本」と名乗っていたのは唐の時代からだと分かります。
そして年号についてですが、現行の中学教科書では、当時の木簡からは干支年しか確認できず、現在に続く年号(元号)は大宝から始まったと考えられると表記されています。
このようなことから「最初の元号は大化」という表現も教科書からは消えつつありますし、実際、現場ではそのようにはもう教えていません。
もはや「大化の改新は645年」という考え方は通用しなくなっているのです。
参考資料:
浮世博史『古代・中世・近世・近代これまでの常識が覆る!日本史の新事実70』2022年、世界文化社