江戸時代の参勤交代制度の“真の目的“とは?「各藩の経済力を削ぐため」は俗説で40年前に否定されていた【前編】:3ページ目
徳川家光も「規模縮小」を求める
そしてまた、江戸幕府の三代将軍である徳川家光も、寛永令(1635)年に武家諸法度で以下のように記しました。
大名小名在江戸交替相定ムル所ナリ。毎歳四月中、参勤致スペシ。
従者ノ員数近来甚ダ多シ(中略)
且ハ人民ノ労ナリ。 向後ソノ相応ヲ以テコレヲ減少スベシ。
(大名・小名は江戸に在住し、ときに交替することを定める。毎年4月には参勤すべし。従者の員数は近頃は非常に多く、民の負担となっている。今後は相応に規模を縮小せよ)
ここまで挙げた内容だけでも、参勤交代制度の目的が「幕府に逆らえないように各藩の経済を疲弊させるため」ではなかったことが分かるでしょう。
では、そもそもなぜ参勤交代という制度は生まれたのか? その目的は何だったのか? それらは【後編】で解説します。
【後編】の記事はこちら
江戸時代の参勤交代制度の“真の目的“とは?「各藩の経済力を削ぐため」は俗説で40年前に否定されていた【後編】
華美で豪奢になっていく参勤交代【前編】では、参勤交代という制度が「幕府に逆らえないように各藩の経済を疲弊させるため」を目的としたものではなかったことを説明しました。[insert_post…
参考資料:浮世博史『古代・中世・近世・近代これまでの常識が覆る!日本史の新事実70』2022年、世界文化社