雪面から突き出た腕、上半身裸の遺体…遭難者たちの怪しき最後。明治時代に起きた謎の遭難事件とは?:2ページ目
5人の死因は?
一酸化炭素中毒であれば、無自覚で突然症状が現れるため、5人が近くでまとまって倒れている可能性が高く、バラバラになって死んでいるのがありえないとは言えませんが少し考えにくいでしょう。また一酸化炭素中毒の御遺体の特徴は血色がいいということなので、手だけ紫に変色しているのも不思議です。
小屋の火床に半身を突っ伏して亡くなっていた男性も謎です。最後まで火を起こそうとしていた様子でしたが、なぜ仲間が出ていくのを止めなかったのでしょうか。
止められるほど自分にも体力が残っておらず、最後まで火を起そうと努力したものの、発火ができずに力尽きたのでしょうか。
考えられるとしたらあまりの寒さに低体温症のような状態になり、皆が意識もうろうとなってしまったということでしょうか。当時は現在のような気象データは存在しませんが、入山後2日後に大雪が降ったと記録されているようです。
筆者は雪山登山をしますが、春の残雪期の登山は一瞬にして低体温症になる危険は高くないものの、難しい点があります。
なぜなら直射日光は春の兆しなので、日中に山を縫うように歩けばかなりの汗をかきます。現代でも、3月末ともなれば、重たい荷物を以て雪の照り返しの中歩くと、長袖一枚で十分のこともあります。
しかし日没後、気温は一気に下がります。かいた汗は一気に冷え込み、自分の肌に凍り付くこともあり低体温の危険性が高まります。また、知らず内に脱水症状を起こすこともあります。