紫式部、実は母に次ぎ姉も亡くしていた…その悲しみを癒すため文通した一人の女性がいた【光る君へ】

歴史 好き太郎

最愛の姉の死

大河ドラマ『光る君へ』で話題沸騰中の紫式部。彼女が幼い頃に母親を亡くしたことは、ドラマを観ている方はもちろんご存じでしょう。

しかし彼女は、この他にも肉親の辛い死を体験しています。それは式部が20代の時の出来事で、姉が亡くなってしまったのです。

物心つかない頃に母親が亡くなったのですから、彼女にとって姉の存在はとても大きなものだったはずです。しかし、没年ははっきりしないものの、その姉は993(正暦3)年か、あるいはその翌年に亡くなりました。

このことは、式部が親友とやり取りしていた手紙から読み取ることができます。

紫式部の生年がいつだったのかは諸説ありますが、仮に970年の生まれだったとすると、彼女が24歳か25歳の頃に亡くなったことになるでしょう。

不明なのは亡くなった年だけではなく、その死因もです。一応、有力視されているのは病死説です。式部の姉が亡くなった頃というのは、京都で天下疫癘と呼ばれた天然痘が大流行していました。

2ページ目 文通相手との出会い

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