なぜ?山頂にたくさんの石仏が…南アルプスにある「地蔵岳」に登ってみた
日本は山岳信仰の国ですね。近代になる前は、娯楽としての登山の概念はありませんでした。日本人にとって山に入る事は、樵や狩猟や炭焼きなどの職業を生業とする以外の者にとって、霊的な目的や霊山に登拝することが主たる目的でした。
なので、ちょっと不思議で知られざるエピソードを持つ山がたくさんあります。
今回は実際に筆者が登った、山頂に石仏がたくさん並ぶ神秘的な山を紹介したいと思います。
山頂近くにお地蔵さんがたくさん並ぶ地蔵岳
南アルプスに鳳凰三山と呼ばれる三座があります。
地蔵岳(標高2764m )、観音岳(標高2840m )、薬師岳(標高2780m)の三山を総称して「鳳凰三山」と呼ばれています。
歴史は古く、764年(天平宝8年)に孝謙天皇が鳳凰山へ登頂したと伝えられており、古くから信仰登山の対象でした。
このなかの、一番北に鎮座する「地蔵岳」の山頂にはたくさんの地蔵が並んでおり、「賽の河原」と呼ばれています。
その隣の巨岩群が、地蔵仏のようだとも、くちばしを上に向けた鳳凰のようだとも言われ、現在はオベリスクという呼称が定着しています。この岩が麓から見るとお地蔵さんがすっくと立っているように見えるということから「地蔵岳」という名前がついたと言われています。
溶岩が突き出て冷えて固まったものだそうですが、天に突き上げる威容さには圧倒されますし、くだんの賽の河原は霧に包まれると天国か黄泉の国に迷い込んだような不思議な景観を醸し出します。
この地蔵仏は「子授け地蔵」といって、子どもが欲しい村人がこの山頂からお地蔵さんを一体背負って家に持ち帰り、そして子供が授かったらお礼に新しいお地蔵様を背負って、再び山頂にお供えしてきたものです。
しかし、一人で一体を担ぐのはとても大変です。しかも女性なら尚のこと。なので、持ち帰りとお供えしに行くときは村の人たちが総出で連れだって、お祭りのお囃子のように太鼓を鳴らしながら担ぎあげたといいます。
山頂に行くまでの一つに「ドンドコ沢」という名前の登山道があるのですが、その太鼓の「どんどこ」という音から、そのような名前が付いたそうです。
行程はとても長く、山頂直下の山小屋まで片道7時間かかりました。筆者は一泊二日かけテントを張り、二日目の朝に登頂しました。現在の装備(およそ10キロ)でこの時間がかかるのですから、持ちにくい石の塊を背負っていくなら尚の事、女性も含めての集団なら数日かかったことでしょう。当時の人々の、子供を授かりたいという切なる思いが感じられるようです。
現在この風習を絶やさぬよう、地元の芦安中学校では学校登山が行われ、2010年には生徒が小さな木彫りの人形をお供えしました。その人形は今でも安置されています。
気軽に行ってみてとはいえない山ですが、こういった場所があることも知ってもらいたいものです。
※写真は全て筆者撮影