蝦夷征伐に仏教勢力の排除…ミスター遷都・桓武天皇の生涯と業績を紹介:3ページ目
監査役「勘解由使(かげゆし)」の設置
桓武天皇のもうひとつ実績として、797年の「勘解由使(かげゆし)」という令外官を設置したことが挙げられます。
勘解由使の主な任務は、国司の不正そのもののチェックすることです。また、国司交代の際に前任と後任の間でトラブルが起きないようにする役割も負っていました。
現代で例えるなら勘解由使は「監査役」ということになるでしょう。
一方の国司は、現代で例えれば都道府県知事にあたり、地方で強大な権力を握っていました。しかし、必要以上の租税を庶民に課し、また賄賂も横行していたといいます。
彼ら国司の任期は4年ですが、任期中に築いた利権を後任に渡したくないという理由で、トラブルが発生し、地方行政に悪影響が出ることも多くありました。そのための勘解由使の設置だったのです。
このように、桓武天皇の親政は地方行政にまで目が向けられました。
桓武天皇というと「鳴くよ うぐいす 平安京」くらいしか思いつきませんし、子供の頃はその実績を聞かされても、どれほど画期的なことだったのかピンとこないものがありますね。
しかし大人になってみると、遷都や勘解由使の設置を決断するというのはすごいことだと感じられます。
蝦夷征伐については、現在の視点で見れば善悪を決めつけられるものではありませんが、当時としては日本を安定させようという大きな意図があったのでしょう。
参考資料