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壬生の狼たちの活動拠点!3回移転している「新選組」の屯所はどこにあった?

壬生の狼たちの活動拠点!3回移転している「新選組」の屯所はどこにあった?:2ページ目

大砲を撃ち鳴らし、養豚まで行った西本願寺屯所

新選組は壬生を約2年間屯所としたが絶頂期に入り、隊士募集を行うと更に手狭になり、元治2年(1865)の春に西本願寺へ移転した。移転先が西本願寺となったのは、勤王派を援助していた同寺を内部から監視するためだったとされている。

新選組が屯所として利用していたのは、境内の北集会所と太鼓楼。北集会所は300畳もの広さがあったため、小部屋をたくさん造ったほか、本堂との間に竹矢来を組んで牢屋や処刑場まで建てた。

さらには、砲術訓練で大砲をぶっ放したり、医師の松本良順に豚肉や鶏肉を食べることを勧められたことから、豚まで飼い始めたりとやりたい放題。

結局、西本願寺側から境内からの立ち退きを条件に屯所の新築費が支払われ、2年で移転し(追い出され)た。

北集会所は明治6年(1873)に姫路市の亀山本徳寺に移築されたが、隊士がつけたとされる刀傷など建物自体はそのままに残されている。

3ページ目 最大規模の広さを誇った幻の不動堂村屯所

 

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