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「三矢の教え」はフィクションだった?戦国大名・毛利元就が息子たちに遺した教訓とは

「三矢の教え」はフィクションだった?戦国大名・毛利元就が息子たちに遺した教訓とは

終わりに

……長い。長すぎです。何なら「ダラダラ愚痴を話していたのをそのまま書き留めて推敲もせずそのまま渡した」勢いです。

とりあえず「兄弟三人力を合わせろ、妹(五龍の方)を大事にしてやれ、下の弟たちの処遇は(できれば厚遇してほしいけど)任せる、亡き母や先祖の供養を忘れるな、無闇やたらと人は殺すな、毎朝念仏を唱えろ、厳島神社を崇敬しろ」などと言いたいのであろうことは判りました。

この「兄弟三人力を合わせろ」の部分が、(虚実はともかく)末期の矢を束ねたエピソードと合わさって、「三矢の教え」となったのですね。

元就としては、実際に矢を用いたかどうかより、兄弟3人が力を合わせて毛利両川(もうりりょうせん。毛利を吉「川」・小早「川」両家が支える)体制を盤石たらしめることを何より願っていたことでしょう。

※参考文献:
河合正治 編『毛利元就のすべて』新人物往来社、1986年9月
川和二十六『戦国時代 100の大ウソ』鉄人文庫、2018年4月
東京大学史料編纂所「毛利家文書405号・毛利元就自筆書状」

 

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