人質約700名の命と引き換えに逃亡。信長を裏切った戦国大名「荒木村重」【後編】:2ページ目
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逃亡の理由
謀反の理由は定かでないが、戦国の世における裏切りや下克上は珍しいことではない。村重に関して特徴的であるのは、むしろ「逃亡劇」だろう。
武士である村重が、自身が逃亡することによる人質の運命を予期できないはずはない。人質を犠牲にしてまで逃亡したのは、村重自身が臆病者であったからなのか。
そもそも村重には、謀反に対する相応の覚悟があったのかどうか疑問が残る。事実、村重は織田方の使者の説得を受け一度は翻意したが、家臣に説得され思い止まっている。村重の覚悟の危うさを感じさせるエピソードだ。
中途半端な覚悟で一度は謀反を実行したが、怖くなり翻意を試みるも失敗。引っ込みが付かなくなり戦を続けるも、形勢不利とみて逃亡を決意。といった推測は穿った見解だろうか?
もちろん推測に過ぎないが、いずれにしても村重の逃亡によって700名近い関係者が処刑されたことは事実だ。
最晩年には出家し仏門に入ったという村重。自身の生涯をどのように見つめていたのだろうか。
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