人間、出世するとブランドものを着たりご馳走を食べたりして、自分のステイタスを満喫することが多いもの。
しかし、それは往々にして「成功した自分」 を実感orアピールするための手段に過ぎず、本当にそれが好きとは限りません。むしろ、貧しかった頃に苦労して手に入れたものの方が、よりいっそう愛着を持っていることも多いもの。
そんな心情は天下人でも変わらなかったようで、今回は豊臣秀吉(とよとみ ひでよし)が愛した故郷の味について紹介したいと思います。
母ちゃんの煮物
今は昔、尾張国中村(現:愛知県名古屋市中村区)の貧しい百姓から身を起こし、天下統一を果たした秀吉は、自分を生み育ててくれた故郷に恩返しのつもりで、こんなお触れを出しました。
「今後、中村の者については年貢を永年免除する。その代わり牛蒡(ごぼう)と大根を献上するように」
要するに「米の代わりに牛蒡と大根を納めよ」という事ですが、これによって中村の人々は経済的負担が大きく軽減され、年々富んでいきました。
「まったくありがたい事じゃ……しかし、このままでは何だか申し訳ないのう」
「ほうじゃのう……じゃあ来年は、牛蒡と大根の代わりにちょっといいモノでも献上するべぇ」
「きっとお殿様も喜んで下さるべぇ」
という訳で、村人みんなでお金を出し合い、刀や名馬などを買い揃えて献上したのですが、これが秀吉の逆鱗に触れてしまいます。
「わしはそなたらに『牛蒡と大根を献上せよ』と命じたのであって、別に『牛蒡と大根程度のものを差し出せばよい』と言った訳ではない。身分も弁えずに命令を勝手に解釈しおって、そんなに裕福なら、年貢の免除は取り消しじゃ!」
余計な気遣いをしたばっかりに、翌年からは中村の者もキッチリと年貢を取り立てられるようになってしまったそうです。
しかし、根菜類が好きだった秀吉はやっぱり故郷の味が忘れられず、年貢とは別に牛蒡と大根を求めていたそうで、きっと母ちゃん(大政所、なか)に煮物を作ってもらっては「うめぇ、うめぇ」と頬張っていたのでしょう。