どんな美女にもまさる姫君!「源氏物語」ヒロインで極度のコミュ障・末摘花の恋愛エピソード【二】:3ページ目
光源氏の衝撃「……などかつららの結ぼほるらむ」
……そして「お楽しみ」の翌朝。
目を覚まし、窓の格子(こうし)を上げた光源氏は、庭一面の雪景色に心を奪われました。
「ほら我が姫君、ご覧。とても美しい雪げ……げえっ!?」
振り向いた光源氏は、脊髄反射で顔を背けるも、どうしても視線が姫君の方へと吸い寄せられてしまいます。
そんな姫君の姿と言えば、座高は高くて猫背、青白い肌に広い額と、馬のように長い顔……聞いただけでも不美人と察しがつくところへ、極めつけはその長い鼻。
【原文】普賢菩薩の乗物とおぼゆ(普賢菩薩の乗り物=象のようだ)。
その先っちょは垂れ下がって少し赤く色づいており、その異様さを通り越して不快感をもよおしたそうです。
更にその体格は痛々しいほどやせ衰え、骨ばった肢体が衣の上から判るほどにゴツゴツしており、道理で昨夜は姫君を抱いた身体じゅうが痛かったわけです。
ついでにそのファッションセンスも実に微妙で、衣の上から黒貂(ふるき※6)の皮裘(かわごろも)をまとっています。
(これはまた……えらい姫君を抱いてしまったものだなぁ……)
あまりのショックに言葉も出ない光源氏でしたが、ここで気の利いた和歌の一つも贈らなければ貴公子の名が廃ります。
朝日さす軒の垂氷(たるひ)は解けながら
などかつららの結ぼほるらむ【意訳】朝日が射して、軒のつらら(垂氷)はすっかりとけたのに、なぜあなたの「つらら」は未だにとけないのでしょうか……
ここで言う「つらら」とは、なかなか光源氏を受け入れてくれない姫君の心、そして何よりも醜く垂れ下がった鼻の先を意味しています。
その皮肉をどう受け取ったのか、姫君は緊張のあまり「むむ(原文ママ)」とぎこちなく笑うばかり。
「それでは『末摘花(すゑつむはな)の君』よ……また今宵(※7)……」
そう言って別れを告げた光源氏は、フラフラになって家路をたどったのでした。
(※4)頭中将の妹・葵の上(あおい-うえ)が光源氏の正室になっている。
(※5)平安時代の女性は基本的に本名(諱=忌み名)ではなく、通称で呼ばれる。
(※6)クロテン。北海道からシベリア方面にかけて生息しており、その毛皮は非常に高価で珍重された。姫君がやんごとなき身分であることを示している。
(※7)実際に来るかどうかは無関係。テンプレートな別れの挨拶。
※参考文献:
田中順子・芦部寿江『イメージで読む源氏物語〈4〉末摘花』一莖書房、2002年8月