決死の作戦と兄弟愛!天下一の強弓・源為朝が唯一倒せなかった大庭景義の武勇伝【中】:2ページ目
決まるか!?繰り出された平太の秘策
「……何ィっ?!」
為朝が驚いたのも無理はありません。平太は咄嗟に弓と矢とを持ち替えて構え直したのでした。右手に弓を構え、左手で弦を引く。こうすれば、右側の敵に狙いを定めやすくなります。
「かかったな……喰らえっ!」
満月の如く弓を引き絞った平太は、不敵な笑みと共に矢を射放ちました。
「おのれ……っ!」
元よりそんな訓練はしておらず、右腕より四寸(約12cm)も長い左腕が仇となって、弓と矢を持ち替えることもままならない為朝は、慌てて上体をねじり、引目の矢を射放ちます。
互いの馬が猛速で馳せ違う、ほんの一瞬の勝負でした。
果たして平太の矢は為朝の首筋をかすめるも間一髪で躱(かわ)されてしまい、為朝の矢は平太の右膝をかすめ、大雁股の刃が膝関節をざっくりと切り裂きました。もしもド真ん中に当たっていれば、平太の右足はちぎれ落ちていたでしょう。
「……無念っ!」
あまりの痛みに平太は馬から転げ落ちてしまいます。作戦は上々ながら、ここ一番でしくじってしまうその人生を暗示するような初陣となりました。
「兄上っ!」
そこへ他方の敵を倒した三郎が駆けつけ、平太の首級を挙げんと群がり寄せたる敵輩(てきばら)をばっさばっさと斬り払い、平太の肩を支えながら、這々(ほうほう)の態で白河殿より脱出したのでした。
あと一歩のところまで追い詰められ、辛くも逆転勝利を収めた為朝は、敵ながら天晴れとばかり、
「日本国に冥加武者(みょうがむしゃ)と尋(たづむ)には、大庭平太景義と名乗(なのる)男にしかじ……」
【意訳】大庭平太景義と名乗ったあの男の強運、ただ者ではない……
『保元物語』白河殿攻メ落ス事 より
などと側近のものに洩らし、平太は為朝の生涯においてただ一人「射殺せなかった男」となったのでした。
【下篇はこちら】
※参考文献:
栃木孝惟ら校注『新日本古典文学大系43 保元物語 平治物語 承久記』岩波書店、1992年7月30日
貴志正造 訳注『全譯 吾妻鏡 第二巻』新人物往来社、昭和五十四1979年10月20日 第四刷