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『豊臣兄弟!』秀吉vs家康の決戦場へ!「小牧・長久手の戦い」の古戦場を巡るおすすめルート解説

『豊臣兄弟!』秀吉vs家康の決戦場へ!「小牧・長久手の戦い」の古戦場を巡るおすすめルート解説

大河ドラマ豊臣兄弟!』では、多くの合戦が取り上げられますが、第35回放送で描かれた、羽柴秀吉徳川家康が激突した小牧・長久手の戦いもその一つ

『豊臣兄弟!』ついに「秀長」誕生!織田信雄のその後、丹羽長秀の最期は?第35回「小牧・長久手の戦い」深堀り

今回は羽柴秀吉(池松壮亮)と徳川家康(松下洸平)が本気でぶつかり合った小牧・長久手の戦いが描かれました。戦上手の家康を前に苦戦を強いられた秀吉に、小一郎(仲野太賀)が織田信雄(山脇辰哉)との和…

名前だけを見ると「小牧」と「長久手」で一度大きな戦いがあったように思えます。しかし実際には尾張を中心に各地で戦闘が続いた一連の戦争でした。

【豊臣兄弟!】遂に秀吉vs家康の直接対決、勝敗は?全国の猛将が結集「小牧・長久手の戦い」の結末

信長亡き後の織田政権をめぐり、羽柴秀吉は清須会議の決定を破棄して織田信雄を担ぎ上げ、織田信孝・柴田勝家らを謀叛人として討伐しました(賤ヶ岳の戦い)。これで一安心かと思いきや、秀吉はもう用済みと…

現在の愛知県には、小牧山、岩崎城、色金山、長久手古戦場など、400年以上前の戦いを現在もたどれる場所が残っています。

ドラマを楽しんだら、今度は実際の古戦場や史跡をチェックしてみるのも良いかもしれません。

それでは、大河ドラマ『豊臣兄弟!』で取り上げられた、小牧・長久手の古戦場を見ていきましょう。

秀吉と家康が激突!最初の舞台・小牧山とは?

本能寺の変で織田信長が死去した後、羽柴秀吉は山崎の戦い、賤ヶ岳の戦いを経て急速に勢力を拡大していきます。

やがて秀吉と信長の次男・織田信雄との関係が悪化。信雄が頼ったのが、織田家の盟友であった徳川家康でした。

こうして秀吉と家康は、合戦に突入していくこととなります。

天正12(1584)年、秀吉軍と信雄・家康連合軍が尾張国で対峙。戦いの初期、家康側が重要拠点としたのが小牧山でした。

小牧山は、永禄6(1563)年に織田信長が築いた小牧山城で知られています。

秀吉方の池田恒興が犬山城を攻略すると、家康軍は小牧方面へ進出。小牧山城跡には大規模な改修が施され、陣城が構築されていました。

小牧山の山頂からは濃尾平野を一望できます。

標高は85.9メートルと決して高くありませんが、平野の中に独立しているため周囲を見渡しやすい利点がありました。

一言で言えば、小牧山は「なぜ家康がここを押さえたのかを実感できる場所」です。

城跡だけを見るのではなく、秀吉軍がどちらに布陣したのかを想像しながら歩いてみると楽しいかも知れません。

2ページ目 羽柴軍の「三河中入り」を追って岩崎城へ

 

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