『豊臣兄弟!』秀吉vs家康の決戦場へ!「小牧・長久手の戦い」の古戦場を巡るおすすめルート解説:2ページ目
羽柴軍の「三河中入り」を追って岩崎城へ
両軍の睨み合いは、新たな局面へと流れていくこととなります。
秀吉方は家康の本拠・岡崎方面を攻撃する作戦を決断。いわゆる三河中入りです。
この作戦には、三好信吉(のちの豊臣秀次)を総大将とし、池田恒興、森長可、堀秀政らが動きました。
彼らの進路上にあったのが、現在の日進市に残る岩崎城です。
4月9日、池田恒興隊の攻撃を受け、岩崎城は落城。城代・丹羽氏重ら300余名が討死したと伝えられています。
現在の天守は後世に造られた展望塔ですが、城址には土塁なども残存。当時の城の姿を考える手がかりになります。
小さな城での戦闘ですが、羽柴軍が家康の領国へ入り込もうとした作戦を知るうえで、ぜひ立ち寄りたい場所です。
家康が軍議を開いた「色金山」
家康方では、羽柴方の動きを冷静にみていたようです。
秀吉方の別働隊を追ってきた家康軍が陣を置いたのが、現在の長久手市にある色金山でした。家康は山頂で軍議を開いたと伝えられています。
現在も山頂には、家康が床机代わりに腰掛けたという「床机石」が残されています。
実際に山を歩けば、家康がどのような場所から羽柴軍の動きを見ようとしたのか、戦場を立体的に考えられます。
3ページ目 ここが終着点!池田恒興・森長可が倒れた長久手古戦場…

