どちらを信じるべき?日本史料と中国史料…『日本書紀』と『隋書』の“食い違い”が教える古代史の真実
存在しない記録
古代日本の歴史を調べると、まず登場するのが『古事記』『日本書紀』ですが、前者は神話なのでおいておくとして、史料として重要なのは後者でしょう。
ところが、この日本書紀にもどう解釈したものか迷ってしまう点があるのはご存じの通り。今回取り上げるのは、遣隋使に関する不思議な食い違いです。
日本書紀には、600年に遣隋使が派遣された記録がないのに、中国の『隋書』には倭国から使者が来たと記録されているのです。
『隋書』の倭国伝には600年の遣使が記され、さらに607年には倭王多利思比孤が使者を派遣したともあります。
ではどちらを信じるべきなのでしょうか。
『隋書』の成立は7世紀半ばで、『日本書紀』は720年です。ですので、より600年の出来事に近い時期の記録という点では『隋書』に分があります。
もちろん、成立が早ければ無条件で正しいわけでもありません。中国の正史にも、王朝の立場や政治的な目的が反映され、現代の実証史学の観点で見れば捏造と呼ばれても仕方がない記述がなされることは珍しくありませんでした。
それでも600年の遣隋使については、『隋書』に記録があること自体が重要な手がかりになります。日本側に記録がないことと、中国側に記録があることを同時に考える必要があるのです。
2ページ目 中国の正史 vs 日本の歴史書:それぞれの記録が持つ「目的」とは?
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