織田信長の「楽市・楽座」の狙いは“宗教勢力”つぶしだった!戦国時代の市場支配の実態
商業の闇
戦国時代の商業は、もともとは自由とはほど遠い、極めて閉鎖的な世界でした。商人は「座」と呼ばれるギルドに属さなければ、商売をすることすら許されなかったのです。
座に入るには多額の参加料が必要で、既存の商人が新参者を排除するための壁となっていました。つまるところ、特定の勢力が営業権を独占し、価格を吊り上げるための仕組みだったのです。
さらに座の商人は、バックにいる寺社や有力者へ地代や手数料を支払わなければなりませんでした。これらのコストはすべて商品価格に転嫁され、最終的には領民の負担となっていたのです。
つまり、座という存在は経済の発展を妨げるだけでなく、不正な税徴収の温床となっていました。
中世の市場は、特権階級が甘い汁を吸うための利権構造に支配されていたのです。
この腐敗した状況を一気に打破したのが、織田信長による楽市・楽座という革命でした。
永禄十一年、信長は岐阜の城下町整備のために、商人の往来を妨げる要素を徹底的に排除することに決めます。
まず信長は、座の特権を認めず、市場の諸税を免除します。さらに、役人が市場のトラブルに勝手に介入することも厳禁とされました。
