織田信長の「楽市・楽座」の狙いは“宗教勢力”つぶしだった!戦国時代の市場支配の実態:3ページ目
領民が潤う政策
信長が掲げた経済政策の指針は、驚くほど一貫したものでした。それは、勝手に税を取る者を許さず、税を逃れる者も認めないという私物化の排除です。
楽市・楽座はその象徴的な施策であり、不当な徴収を禁じて商人の活動を後押ししました。これにより中間搾取が消え、商品価格が下がり、市場はかつてない活況を呈したのです。
物流の障害となっていた関所の撤廃も、信長が推し進めた重要な改革でした。関所の多くは寺社や有力者が通行税を稼ぐための道具であり、流通の致命的なネックだったのです。
おかげで物資の流れはスムーズになり、領内の経済活動は飛躍的に向上しました。
信長の経済政策は、領民の支持を確実に勝ち取るための高度な戦略でもありました。領民が潤えば自然と人口が増え、結果として税収が安定し、国力は強靭になっていきます。
信長が他勢力を圧倒するスピードで勢力を拡大できた背景には、この経済改革の成功があったのです。
※関連記事:
本能寺の変、原因は“金”だった?信長も直面した「資金繰り悪化」と天下取りの転落ルート
減税・自由化という統治術織田信長という人物には暴君というイメージがつきまといます。しかし、残された史料を読み解くと、領主としての信長はむしろ合理的思考の持ち主で、領民からの支持も厚かったこ…
織田信長が「楽市令(楽市・楽座)」を出したのはなぜ?その社会的背景を探る
楽市令(楽市・楽座)とは織田信長が経済を重視していたことは有名ですが、それを最も如実に示しているのが、有名な楽市令(楽市・楽座)です。彼が経済を重視したのは、経済が活性化すれば武器や兵を調…
戦国武将・織田信長は本当に”革命児”だったのか? 最新研究でわかった信長の本当の姿
織田信長といえば、「革新的な武将」「革命児」として語られることが多い人物です。楽市楽座や鉄砲の大量導入、比叡山焼き討ちなど、これまでの常識を打ち破った言動から「戦国時代を終わらせた男」とも呼ばれていま…
参考資料:
大村大次郎『脱税の日本史』宝島社、2024年



