色道は紳士の作法?明治時代、初代総理・伊藤博文の激しい女遊びが“乱れ”扱いされなかった理由
「生活の乱れ」ではない
明治時代あたりは、地位のある男性の女性関係についてはとても「ゆるい」時代でした。
当時の政治家や財界人の多くは女遊びをしていましたが、それは「男の楽しみ」として受け入れられていたのです。そうした状況に厳しい目を向けたのはごく少数派で、福沢諭吉くらいでしょう。
そんな時代の空気を象徴する人物が、初代総理大臣の伊藤博文です。
彼の女好きは当時も今も有名ですが、伊藤は自ら「予は寡欲で、貯蓄を知らぬ。公務の余暇に芸妓を相手にするのが楽しみ」と語り、女遊びを隠すどころか堂々と公言していました。
この奔放さは明治天皇から注意されるほどで、「いい加減にしなさい」とたしなめられた逸話が残っています。
明治天皇も怒るレベル!日本の初代総理大臣・伊藤博文の女遊びが激しすぎた
伊藤博文は、誰もがその名前を知っている人物ではないでしょうか。1885年には初代内閣総理大臣となり、そのあと何度も日本のトップを務めた人物です。そのほか、貨幣法の制定や鉄道の発展・女子教育の普…
それでも伊藤は天皇に拝謁する時でさえ芸者を連れて行ったという記録があり、女遊びは彼の生活の一部でした。
しかしここで重要なのは、伊藤の女遊びが「生活の乱れ」ではなく、当時の価値観の中ではむしろ紳士的で誠実なふるまいとして受け止められていた点です。
彼は遊び相手をほぼ芸者に限定し、一般女性を巻き込むことは避けていました。
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