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昭和の幕開けを揺るがしたマスコミの大誤報「光文事件」――昭和改元で起きた“世紀の誤報”の真相

昭和の幕開けを揺るがしたマスコミの大誤報「光文事件」――昭和改元で起きた“世紀の誤報”の真相

光文事件とは

昭和の始まりには、今も語り継がれるスキャンダルがありました。 それが、日本のマスメディア史に大きな爪痕を残した光文事件(こうぶんじけん)です。

当時の新聞は、政府発表より一歩でも早く情報をつかむことが使命でした。

東京日日新聞(現在の毎日新聞)は、大正天皇が崩御して大正から昭和へと時代が移るその朝、他紙に先んじて号外を発行します。

そこに記された「光文」という二文字は、瞬く間に全国へ広がりました。そこには堂々と「新元号は光文」と書かれていたのです。

報知新聞都新聞も追随し、読売新聞萬朝報も朝刊で「光文」を報じています。

ところが、政府が正式に発表したのは言うまでもなく「昭和」でした。

これが光文事件です。この事件は、一夜にして世紀の大誤報として日本の歴史に刻まれることになりました。

では、なぜこんな誤報が起きたのか。

その背景には、当時の情報環境があります。

大正天皇の病状は厳しく管理され、宮内省と新聞社の間では情報をめぐる攻防が続いていました。

宮内省は「発表は葉山と東京で同時に行う」と新聞社に通告し、情報の流出を極端に警戒していました。記者が裏取りをする余地はほとんどなく、それは裏を返せば、わずかな情報の断片が“決定情報”として扱われる危険な状況だったのです。

2ページ目 実は「昭和」でほぼ確定していた

 

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