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「大化の改新」の本質はなんと“豪族の脱税”を止める徹底した財政改革だった

「大化の改新」の本質はなんと“豪族の脱税”を止める徹底した財政改革だった

「大化の改新」(現在は「乙巳の変」とも)は、日本の古代史の中でも特に有名な出来事です。

多くの場合、蘇我氏の排除や新しい政治制度の導入が強調されますが、その核心にあったのはもっと現実的で切実な問題でした。

結論から言えば、大化の改新とは豪族による脱税をストップさせ、国家が税を直接集めるための構造改革だったと説明できます。

制度の変化を細かく見ていくと、その目的がはっきりと浮かび上がります。

• 豪族が“抜け道”を作れた理由

• 班田収授・租庸調が「脱税封じ」だった根拠

• 脱税防止を支えた国司制度と会計監査

今回は、制度の細部から改新の狙いを見ていきましょう。

「大化の改新」導入のワケ

改新以前の日本では、氏姓制度のもとで豪族が自分の領地を支配し、朝廷には貢物を納めるだけでした。

これは税のように見えますが、実際には豪族の裁量に任された不安定な仕組みで、力のある豪族ほど納める量を減らし、私財を蓄えることができました。

こうなっていしまったのは、朝廷は全国を直接支配しておらず、徴税も徴兵も豪族を通すしかなかったのが原因です。これでは国家の財政は安定せず、軍事力も整いません。

さらに、当時の朝鮮半島では唐と新羅が勢力を拡大し、日本と関係の深かった百済が追い詰められていました。

日本は国を挙げて防衛体制を整える必要があり、そのためには安定した税収と兵力が不可欠でした。こうした状況が、大化の改新を後押ししたのです。

「数字をつかむ」会計制度

ところで、大和朝廷はすでに高度な会計制度を持っていました。木簡に残る記録から、人口や収穫量を把握する文書行政が整っていたことがわかります。

会計制度が整えば、どれだけの税が取れるか、どれだけの兵を動員できるかを正確に計算できます。国家運営の基盤は、まさに数字をつかむ力でした。

例えば改新後に導入された班田収授の法は、その象徴です。

この制度では、土地はすべて国家のものとされ、農民には一定の面積を貸し与え、6年ごとに戸籍作成・土地測量・土地配分が全国一斉に行われました。

これは中国の均田法を参考にした制度ですが、日本ではより徹底して実行されました。豪族の私有地を解体し、国家が土地と人口を直接管理するための仕組みだったからです。

税制も租庸調という形で整えられました。租は米、庸は労役、調は布や特産物で、負担は収穫の三%ほどと重くありませんでした。

正倉に蓄えられた米は貧しい人への支給にも使われ、社会保障の役割も果たしていました。

税の内容が明確になり、徴収と支出が記録されるようになったことで、豪族が勝手に税を抜き取る余地は大きく減りました。

2ページ目 脱税防止を支えた国司制度と会計監査

 

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