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「私、失敗しませんから」と豪語した天才職人に、雄略天皇がしかけたセクハラ大作戦とは?

「私、失敗しませんから」と豪語した天才職人に、雄略天皇がしかけたセクハラ大作戦とは?

と言うわけで傍にいた職人が、和歌を献じて雄略天皇に眞根の助命を嘆願します。

葛飾北斎『飛騨匠物語』より。赤丸部分が墨縄(壺)。

【原文】「婀拕羅斯枳 偉儺謎能陀倶彌 柯該志須彌儺皤 旨我那稽麼 拕例柯々該武預 婀拕羅須彌儺皤」

惜(あたら)しき 韋那部(ゐなべ)の匠 掛けし墨縄 師が亡けば 誰が掛けむよ あたら墨縄

【意訳】亡くすにはあまりに惜しい韋那部の匠のかけた墨縄、もしお師匠様が死んでしまったら、誰がかけるのでしょう。惜しまれるほど美しい墨縄を。

眞根は墨縄の名人でもあったようで、彼の高い技術が伝承されずに失われることを憂えた弟子が、決死の覚悟で雄略天皇に諫言したところ、幸運にもそれが受け容れられ、眞根は処刑されずに済んだそうです。

終わりに

その後、韋那部氏は猪名部氏とも呼ばれ、代々大工として高い建築技術を世に伝えました。

日本で最初の本格的な仏教寺院である「飛鳥寺(6世紀末ごろ創建)」をはじめ、現存する世界最古の木造建築である「法隆寺(伝:推古天皇十五607年創建)」など、多くの名刹を手がけられたそうです。

法隆寺

以上、大言壮語が禍(わざわい)してセクハラに惑わされ、すんでのところで処刑されかけた韋那部眞根のエピソードでした。

※出典:『日本書紀』巻第十四 雄略天皇十三年九月条

 

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