『飯を腹いっぱい喰いてぇ!』食にまつわる教訓が詰め込まれた昔ばなし「三合めし四合だご」:3ページ目
「三合めし四合だご」
あくる日。
いつもなら朝一番に起きて野良仕事に出てくるひだりぃどんが、お天道様が真上に昇っても家から出てきません。
さすがに心配した村人たちが様子を見に行くと、ひだりぃどんは家の中で息絶えていました。釜の中に少しだけ残った飯粒を見て、以前に隠田の存在を目撃した村人が、その事を話しました。
「すると、ひだりぃどんは米の喰いすぎで死んだようじゃな」
ただでさえ腹を空かせ、日中の仕事に加えて隠田の世話までしていた過労状態で、一気に飯を掻き込んだことにより身体が栄養についていけず、死んでしまったのです。
しかし、せめてもの救いと言えば、念願だった米の飯を思いっきり喰えたからか、ひだりぃどんの死に顔は、それはもう満足げな笑みを浮かべていたそうです。
それからと言うもの、村人たちは隠田の存在を役人には知らせず、ひだりぃどんの亡骸を隠田のそばに葬り、毎年そこで穫れた米をお供えしたそうです。
昔から「人間が一度に喰える米の量は、雑炊なら一合、お粥なら二合、飯なら三合、団子(だご)にすれば四合」と言われており、一度に喰いすぎてはならない、という教訓を伝えるべく「三合めし四合だご」という物語が、今日まで伝えられています。
終わりに・米が喰えるありがたさ
「ハラ減った。オニギリ食いたーい。25日米食ってない」
近年、そう書き遺して餓死された事件が報道されましたが、極限まで飢えてしまうと、どんな豪華な食事よりも、米の飯を食いたくなるのが日本人。
お金さえ出せば何でも買える・食べられるなんて、決して当たり前ではないのです。
かつて腹いっぱいのご飯を夢にまで見た人々がいたことを思いながら、心行くまで味わって欲しいと思います。
※参考文献:
日本児童文学者協会『宮崎県の民話(ふるさとの民話23)』偕成社、1981年3月