天皇と相撲をとって椅子を破壊?平安朝一の色男・在原業平の意外な一面:2ページ目
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宇多天皇と内裏で相撲をとり、椅子を壊す
時は、まだ宇多天皇が即位する前、臣籍降下されて臣下の身であったころの話です。当時、王侍従であった宇多天皇(定省)は、内裏の殿上の間で業平と相撲をとり、天皇が座る椅子にぶつかり、椅子のひじ掛けを折ってしまったのです。
このことは歴史物語の「大鏡」にも書かれています。
王侍従など聞こえて、殿上人にておはしましける時、殿上の御椅子の前にて、業平の中将と相撲とらせたまひけるほどに、御椅子にうちかけられて高欄折れにけり。その折目今にはべるなり。
「大鏡」(校注・訳:橘健二・加藤静子「新編日本古典文学全集」/小学館 より)
これだけ見ると何となく血気盛んな若者が戯れに遊んでいたんだな、と思いますが、業平は825(天長2)年生まれ、宇多天皇は867(貞観9)年の生まれ。業平と宇多天皇は42歳も年が離れており、この出来事のとき業平は当時でいえば確実に老年であったことがわかります。
少年であった定省(宇多天皇)と戯れに相撲をとるいいおじさんの業平。いい歳にもかかわらず、少年のまま大人になったようなやんちゃな様子がうかがえますね。
ちなみに、「大鏡」によると、このときの椅子は折れ目がそのまま残っているんだとか。
このように、在原業平は高貴なプレイボーイといった特徴だけでなく、少年のような心をずっと持ち続けている人物でもありました。
同じように無茶をするエピソードはいろいろあるので、機会を改めて紹介しましょう。
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