【豊臣兄弟!】愛ゆえの残酷な別離…「里芋が一番じゃ」の真意と、あさひの初陣に隠された夫婦の誓い:5ページ目
わずか4年間だったあさひと家康の結婚生活
あさひは最初は浜松城、同年の暮に家康が本拠を駿府(現・静岡市)に移すとそれに従い移転先では「駿河御前」と呼ばれました。
家康との暮らしぶりがわかる史料はほぼないようですが、「正室として丁重に扱われた」ようです。
けれども、あさひは嫁いでわずか3年後には病気がちになり、天正18年(1590)京都の聚楽第において48歳で死去。
家康との結婚生活はわずか4年という短いものでした。
ドラマでは、あさひに対して家康が丁寧に接している感じではありましたが、偏屈家康のことだから今後が心配。
せめて、病にふせったら秀吉のもとに戻し、家族に囲まれて穏やかな最期が迎えるようにしてほしいと願います。最期は笑顔でいられるように。
最後に…
家族を犠牲にして手に入れたい「天下布武」とはなんぞや。
「信長の夢みた境界線のない青空のような世の中を作りたい」と言っていたのに、それは自分を支えてきてくれた「女性の家族」を道具として使わなければなしえないことなのかい?と、太閤に面と向かって聞きたくなった今回。(「家がなんじゃ!」と寧々に叫ばせてしまった、前回もでしたが)
そして、「皆が満足し万事円満じゃ」がポリシーだったくせに、「多少の犠牲はつきもの」になり、険のある表情になってきた秀長にも。
豊臣兄弟が、いい人に見えることもあるものの「豊臣の天下」を守ためなら大切な存在も犠牲にするという「黒い野望」でくすんで見えるときも……いよいよ、ドラマも最後が近づいてきたという感じがします。
この先、史実を考えると「豊臣家のハッピーエンド」にはならないで終わるのかもしれないと思いつつ、「家」のために犠牲にならざるおえなかった豊臣の女性たちが、幸せになりますように……と願っています。
「豊臣兄弟!」第40回放送内容の話題は、以下の記事でもとりあげています。ぜひ合わせてご覧ください。
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参考:
・『羽柴秀吉とその一族』黒田基樹(角川選書)
・『豊太閤と其家族』渡辺世祐(日本学術普及会)


