【ブラッサム】最速離婚した夫の弟が「2度目の夫」に!史実での再会と同棲、モデル・宇野千代が辿った波乱の愛:4ページ目
尾崎士郎と運命的に出会い忠と離婚
翌年、1921年(大正10年)、『時事新報』の懸賞短編小説に自身の経験をもとに書いた『脂粉の顔』が一等当選し、千代は本格的に作家デビュー。賞金は200円をもらいます。
さら執筆活動に専念し『墓を發(あば)く』の原稿を、「燕楽軒」の常連客だった瀧田樗陰に送ります。
けれども返事がなかったため、1922年(大正11年)4月、単身上京して瀧田に確認したところ、すでに『中央公論』5月号に掲載されていたことを知りました。
中央公論社から原稿料366円(現代に換算するとおよそ170万~200万円)を受け取り、岩国の実家に一度帰ったそうです。
そして岩国から北海道に戻る途中、千代は次の仕事の打ち合わせを兼ねて、東京の中央公論社に寄りました。
これが、千代と夫・忠の仲を引き裂いてしまうことになったとは……。
そこで、尾崎士郎と運命的な出会いがあったのです。
激情のような切実な想いにかられ、千代は士郎の宿泊先に皆とともに訪れそのまま夫・忠のもとには戻らなかったとか。(自伝では「帰らなかった」となっているも、実際は忠が上京し、千代と士郎と三人で話し合ったとも言われています)
大正13年(1924)4月、忠との協議離婚が成立し史郎と3度目の結婚。筆名を「宇野千代」と変え、作家として注目を浴びる存在へとなっていくのでした。
保との再会と二度目の結婚は
ドラマでは、婚家から逃げて行く珠の姿を見て、その決断力や行動力を好ましく思った様子の保。
そんな珠を大切しそうな誠実で優しそうな保。
妻の帰宅を待っていたのに、東京で新しい電撃的な恋をした珠に別れを告げられてしまうのかと想像すると胸が痛みます。
珠の再会と二度目の結婚と離婚は、どのように描かれていくのでしょう。
朝ドラ「ブラッサム」や、葉野珠のモデル・宇野千代に関しては、下記記事もぜひご覧ください!
14歳で初婚、結婚4回…朝ドラ『ブラッサム』石橋静河が演じるヒロインモデル・宇野千代の激動の生涯
『ブラッサム』強烈モラハラの父(渡部篤郎)と優しい継母(国仲涼子)…史実もドラマ越えの壮絶さだった!?
参考:
・『生きて行く私』宇野千代 角川文庫
・鳥取県「晩婚化の今昔」
・宇野千代さんのホームページ
・NPO宇野千代生家
・おいでませ山口「作家・宇野千代とは?」


