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大河『豊臣兄弟!』に登場なるか?羽柴秀長に仕えた謎多き茶頭・曲音の正体とは

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小一郎の専属茶頭となるが

曲音が小一郎に仕えた厳密な時期は不明ですが、大和国を中心に活躍していることから、小一郎が四国征伐の武功によって大和一国を与えられた天正13年(1585年)以降と考えられます。

かくして小一郎の茶頭となった曲音は、大変に重用されました。大和郡山城内には「曲音茶堂(~さどう)」と呼ばれる専用の茶室が設けられたことから、小一郎はよほど曲音を重んじていたのでしょう。

曲音はその期待に応えるべく、天正14年(1586年)の3月と9月、翌天正15年(1587年)1月に城内で三度の茶会を開きました。

しかしそれ以降、曲音の活動は確認できません。最晩年の小一郎が身体を壊してしまったため、茶会どころではなくなったのか、あるいは何か不祥事によって失脚したのでしょうか。

少なくとも、天正19年(1591年)に小一郎が没してからは、他家による引き立てはなかったようです。

もしかしたら、小一郎に(茶人的な意味で)殉じたのかもしれませんね。

終わりに

今回は小一郎に仕えた茶人・曲音の生涯をたどってきました。謎が多すぎて人物像がつかめませんが、果たして大河ドラマには登場するのでしょうか。

もし登場するなら誰がキャスティングされるのか、どのような性格に描かれるのかなど、楽しみが多い人物と言えます。ワンチャン期待しておきましょう!

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※参考文献:

  • 大和郡山市『大和郡山市史 本編』1966年7月
  • 和歌山県『和歌山県史 中世』1994年3月
 

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