『逃げ上手の若君』わずか16歳で公卿へ!西園寺公宗の栄光と、鎌倉幕府滅亡が狂わせた生涯【前編】:2ページ目
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後醍醐天皇の倒幕計画発覚!鎌倉時代、突然の終焉…
明るいかに見えた公宗の人生ですが、後醍醐天皇の取った行動によって少しずつ暗転していきます。
元徳3(1331)年4月、後醍醐天皇による倒幕計画が発覚。鎌倉幕府から長崎高貞らが追討使として派遣される事態となりました。
しかし後醍醐天皇は京の都を脱出して笠置山に籠城。それに呼応する形で河内国赤坂城において楠木正成が挙兵します。
幕府は一度は鎮圧を宣言。後醍醐天皇は捕縛されて隠岐国へ流刑に処される事となりました。
このとき、皇子たちは公宗の邸宅に一時預けられています。それだけ公宗の立場が重く見られていたことの証左であり、幕府側から信頼されていたことがわかります。
しかし事態はこれで収束しませんでした。
元弘3年/正慶2(1333)年、後醍醐天皇は流刑地を脱出。楠木正成や平野将監といった悪党(武装集団)までが千早城や上赤坂城に兵を挙げます。
このうち、平野将監は西国の悪党の惣領格と呼ばれた人物で、公宗の家人でもありました。
公宗ら有力公家は、西国の所領を動かす際に私兵として悪党を使っていたと考えられています。
同年5月、御家人・新田義貞が後醍醐天皇方に翻意。義貞は鎌倉を陥落させて鎌倉幕府を滅亡させました。
同月、同じく後醍醐天皇方に翻意した足利尊氏が京の六波羅探題を殲滅。北条氏の時代は名実ともに終わってしまいました。
このときをもって、公宗の人生は大きく変わっていくこととなるのです。
次回【後編】に続きます。
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