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『豊臣兄弟!』ついに秀吉と柴田勝家が全面衝突!勝家を絶望へ追いやった「美濃大返し」の狂気的な爆走劇

『豊臣兄弟!』ついに秀吉と柴田勝家が全面衝突!勝家を絶望へ追いやった「美濃大返し」の狂気的な爆走劇:2ページ目

古今希有之働也!約52キロを約5時間で走破

かくして秀吉は申刻(午後16:00)ごろに大垣を出立すると、大急ぎで盛政のいる近江国木之本(滋賀県長浜市)を目指しました。

その時の様子が『柴田退治記』に記されています。

……飛竜添鞭走。軍卒之面々。逸馬双(並イ)蹄続而前。垂井。関原。藤川。早路逸足而過伊吹山之麓。乗馬殺歩兵切息死者多……

【意訳】天を飛ぶ龍のような速さで馬を走らせ、徒歩の者たちも馬と一緒に走らせた(通常の行軍では騎馬でも徒歩の者にペースを合わせる)。垂井・関ヶ原・藤川そして伊吹山を瞬く間に通過していく。あまりの酷使で馬が死に、徒歩の者たちも多数の死者が出るほどだった。

凄まじい強行軍に先立って、秀吉は使者を発して街道の村々に炊き出しと松明の用意を命じたそうです。

走りながら飯を食い、暗くなったら松明を掲げて走り続けようとしたのでしょう。片手に握り飯を頬張り、もう片手に松明を掲げながら走る姿は、実に狂気じみたものでした。

かくして戌刻(午後20:00ごろ)に木之本へ到着、大垣から十三里(約52キロ)を二時半(約5時間)で走破したことになります。

通常の行軍ペースは1日(約8時間)あたり20~30キロですから、まさに「古今希有之働也(※柴田退治記)」と言えるでしょう。

3ページ目 佐久間盛政を急襲!一気呵成に決着へ

 

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