『豊臣兄弟!』妻を無実の罪で吊るし斬りに…佐々成政を破滅へ導いた“黒百合の呪い”と早百合姫の悲劇:2ページ目
「黒百合が咲くとき、佐々家は滅ぶ」
もはや命乞いもならぬと覚悟した早百合姫は、成政に呪詛の言葉を吐きつけたそうです。
「己(おのれ)成政此の身は此処に斬罪せらるる共、怨恨は悪鬼と成り数年ならずして、汝が子孫を殺し尽し家名断絶せしむべし」
※『絵本太閤記』より
【意訳】おのれ成政!私を斬り殺しても、怨霊となって数年以内にお前の子孫を滅ぼしてくれるわ!
また伝承では「黒い百合の花が咲くとき、それがお前ら佐々家の破滅だ」と予言したとも言います。
時に天正12年(1584年)12月。早百合姫の死後、神通川の流域では風雨の夜に「ぶらり火」と呼ばれる鬼火と女性の首が浮かぶようになりました。そして黒百合の予言は、思わぬ形で現実となるのです。
ある時、成政が秀吉の機嫌をとるために、正室の北政所(おね、寧々)に黒百合の花を贈りました。
黒百合が珍しかったことに加え、成政としては早百合の予言を笑い飛ばす意図があったのかもしれません。
北政所は喜んで黒百合の花を茶席に飾ると、これを見た茶々(秀吉側室)は対抗意識から、大急ぎで大量の黒百合を取り寄せました。そして茶会の当日、茶席を黒百合で埋め尽くしたそうです。
「そんな花一輪、何が珍しいと言うのでしょうか」
たった一輪の黒百合を大切に飾っていた北政所は面目丸つぶれ、成政を恨むようになりました。
やがて成政が失態のため、秀吉から切腹を命じられたとき、成政は北政所に泣きついたと言います。が、北政所がこれを見捨てたのは言うまでもありません。
終わりに
今回は悲劇の末路をたどり、怨霊となって仇をとった?早百合姫の最期と予言を紹介してきました。
早百合姫が吊るし斬りにされた榎は「磯部の一本榎(跡。富山市磯部町)」として伝えられ、彼女の悲劇を偲んでいます。
また成政の子孫は生き延びていますが、現代でも「ユリ科の植物を植えてはならない」という家訓を伝えているそうです。
果たして大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、早百合姫は登場するのでしょうか。もし登場するなら、誰がキャスティングされるのかも楽しみですね!
※参考文献:
- 遠藤和子著『佐々成政』学陽書房、1999年2月
- 橋場日月『戦国美麗姫図鑑』PHP研究所、2009年6月
※トップ画像:「豊臣兄弟!」公式Xより
