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『豊臣兄弟!』本能寺の変は「怨恨」だけではない!明智光秀(要潤)を極限まで追い込んだ信長政権の現実

『豊臣兄弟!』本能寺の変は「怨恨」だけではない!明智光秀(要潤)を極限まで追い込んだ信長政権の現実:2ページ目

『豊臣兄弟!』第25回「変事の予兆」では、信長が若き日から織田家を支えてきた宿老の林秀貞(諏訪太朗)佐久間信盛(菅原大吉)追放処分に。そして美濃平定に大きな役割を果たした安藤守就(田中哲司)所領を没収という憂き目にあいました。

守就は武田勝頼との内通を疑われたうえでの処分でしたが、自分には覚えがないと主張。しかし、嫡子・定治(森優作)が武田方と通じていたことが明らかになります。

父から激しく叱責された定治は、「こんな地獄の先に真に素晴らしき世があるのでございますか?織田信長にはそんな世を作ることはできぬ!」とその抑えきれない心情を吐露します。

信長に仕えて以来、来る日も来る日も戦場に身を呈する日々。そして次々に死んでいく家来たち。果てしなく続く戦いの毎日に心も体も疲れ果ててしまったのです。

事実、信長の家臣への「働き方」の要求は苛烈を極めました。徹底した能力主義を実践した信長は、成果を上げた者には所領や褒美などでそれに応えます。とかく家柄や出自を重視したほかの大名たちとは、この点が決定的に違っていました。

そして、そのような信長に応えるためには、昼夜を問わず働き、成果を上げ続けることが必要で、多くの家臣たちは大変なストレスを抱えていたはずです。

3ページ目 戦場と政務に追われ続けた光秀の10年間

 

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