朝ドラ『風、薫る』本当にあった“寛太みたいな詐欺”!七変化の詐欺師に重なる明治時代の弱者たち:3ページ目
本当にあった東京府を騙った「腕時計」詐欺
明治時代にあった、実際の詐欺事件を1つご紹介しましょう。
慶応4年(1868)8月、江戸府に代わって東京府が開庁。
同年11月、銀座で時計商を営む小林伝次郎の元に、若い男性が来店し、東京府知事・烏丸府知事の家来に「金属製の時計を持参するよう」命じられたと言いました。
見知らぬ男だったので「後ほど」と言うと「急いでいるから間に合わない。後から使いの者を寄越すので、その者に渡すように」と命じて帰っていきました。
翌日、今度は背の高い立派な服装の武士風の男が訪れ「東京府から来た」と言い、色々な時計を品定めした挙句に、14両〜25両ほどの時計を4点選び「持参するように」と言ったのでした。
伝次郎は、立派な身なりで相手を信用してしまったのでしょうか。
「昨日の来た男性に烏丸府知事の御家来から頼まれた……と伺ってます。東京府庁の御台所小頭詰所へ伺いましょうか?」と尋ねると、その武士風の男性は「今日は通用門の突当り入口へ来るよう」と言いつけて帰りました。
そこで、店使い・徳蔵が東京府に出向き取り次ぎを申し入れると、さきほどの武士風の男が出てきて、時計を包んだ風呂敷を受け取り「程なく応対するので待て」と去っていきました。
ところが待てど暮らせど誰も応対に出てきません。徳蔵が烏丸府知事の御台所(買い物等を司る組織)の小頭に問い合わせると、そんな注文はしておらず時計は騙し取られたことがわかりました。
開庁まもない東京府を舞台にしたこの大胆な詐欺事件によって、伝次郎は合計76両もの損害を被り、担当判事は東京府が弁償するように命じています。
この事件後も伝次郎の店は銀座煉瓦街に店を構え、東京時計商工業組合の頭取を務め、明治27年(1894)ごろには東京を代表する時計商として名を馳せました。
最初は「若い男」、次は「年上の武士風の男」だったことから「信用できそう」と思ったのでしょうか。二人はグルなのかグループなのか見当も付きませんが、東京府庁知事を騙り、実際に府庁者で受け取るとはずいぶんと大胆な犯行です。
