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『豊臣兄弟!』本能寺の変は信長の“裏切り”が原因?長宗我部元親との約束破り「四国説」とは

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長宗我部元親と小一郎の出会い

ドラマでは、宴で行われた突然の「恐怖の相撲大会」により、家臣たちの間に芽生えた不安や恐れなどの暗い影を払拭しようと、お市(宮﨑あおい)が「織田家の威光を取り戻し家臣たちの士気を上げるため『京都御馬揃え』を行おうと提案します。

実は、相撲大会で「裏切りの疑いがある」老臣を追放し、忸怩たる思いに沈む兄・信長の心中を察してでのことでした。

ドラマでは、少ししか登場しませんでしたが、実は畿内および近隣諸国の大名・小名・武将たち、丹羽長秀や柴田勝家をはじめ織田軍団の各軍700人ほど、見物人は約20万人も集まったほどの華やかな軍事パレードだったのです。

そんな賑やかな場で、小一郎(仲野大賀)は偶然、元親に出会います。

元親は、紅藤や薄水色ベースに、色とりどりの紅葉と流水柄の着物に、藍色にえんじの羽織という艶やかな女性用の衣装をまとっていました。

ちなみに、流水に紅葉の柄は伝統的な紋様で、紅葉は季節ごとに色を変えるので「長寿」を表現すると共に「世渡り上手」という意味があるそうです。

「おまんも、馬揃えを見に参ったがか」というバリバリの土佐弁なのに、膝を揃えているレディライクなポーズと、一口ずつお団子を上品に食べる所作のバランスが可愛い、元親殿。

元親の艶やかな姿に息を呑む小一郎に、「わしは幼き頃から女子のようじゃとよう言われよってのう、姫和子などと呼ばれたもんよ」と、有名な「姫和子」の逸話にも触れました。

「今もこのような姿でおるとなぜか、穏やかな心持ちになれるがじゃ。できることならずっとこのまんまでおりたかったけんど、そうもいかん」と顔を曇らせました。

「戦がお嫌いなのですか……?」と、思わず問う小一郎に、「戦は好きか嫌いかでやるもんじゃあない。四国を一つにするがは我ら土佐の大願じゃき」と答えます。

「なしえたあかつきには土佐へ遊びに参れ。うまい魚をこじゃんと馳走するき」と小一郎に約束したのでした。

こんな風に友好的に語り合っていた元親と小一郎。この直後、信長が手のひらをかえすような元親への仕打ちで、友好関係は決裂、間を取り持つ明智光秀は追い詰められていくことになるとは、夢にも思わなかったことでしょう。

そして、さらに5年後、天正13年(1585)「四国攻め」にて総大将・豊臣秀長(小一郎)は、元親を叩き潰す運命にあります。

3ページ目 元親の力を利用するもその勢力を危険視した信長

 

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