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『豊臣兄弟!』宿老追放は信長の慈悲か粛清か?元親はジェンダーレス?安藤父子の最期…史料から第25回を考察

『豊臣兄弟!』宿老追放は信長の慈悲か粛清か?元親はジェンダーレス?安藤父子の最期…史料から第25回を考察:4ページ目

小一郎の娘・末は実在した!

さて、失意の舅を励まそうと、小一郎は守就を自邸に招いて楽しいひとときを共にします。第23回放送「さらば半兵衛」で誕生した孫娘の末(すえ)を抱きながら、喜びを感じていたことでしょう。

ところで、この末という娘は、最近の研究で小一郎の娘だったという説があるようです。

本作の時代考証を担当する黒田基樹が、毛利輝元(濱省吾)から進物を贈られた「御末様」という少女が小一郎の娘であると提唱しています。

※小一郎の娘であるかは議論の余地があるとして、末という女性がいたことは確かなようです。

今後彼女はどのように成長し、物語にどのような影響を与えるのか、今後注目していきましょう。

小一郎と別れた安藤父子その後

稲葉良通(嶋尾康史)の讒言によって追放・改易された安藤父子は、稲葉良通の下で蟄居させられ、所領はすべて奪われてしまいました。

劇中では美濃三人衆の一人として人格者然と描かれていた稲葉良通が、すっかりゲスな悪人ぶりに豹変してしまったのは、誠に残念でなりません。

ともあれ安藤父子はしばらく忍従の時を過ごし、天正10年(1582年)6月2日に本能寺の変が起こると、ここぞとばかりに挙兵します。

かつての本拠地であった北方城(岐阜県北方町)を奪取したものの、稲葉良通に攻め滅ぼされ、父子ともに自害して果てました。

本作ではそこまで描かれるのか、あるいはナレ死とされてしまうのか、注目したいと思います。

5ページ目 宿老追放は信長の慈悲?、本能寺の変が起きた理由

 

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