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【豊臣兄弟!】幽閉された黒田官兵衛、息子に処刑命令…竹中半兵衛が救った命と犠牲の幼子を史実考察

【豊臣兄弟!】幽閉された黒田官兵衛、息子に処刑命令…竹中半兵衛が救った命と犠牲の幼子を史実考察:3ページ目

半兵衛は家族同様の家臣に松寿丸を託す

ちなみに、松寿丸を匿い育てた家臣・不破矢足(ふわやそく)は半兵衛の長年の付き合いで信頼できる家臣でした。矢足の妻は、半兵衛の舅・安藤守就の妹だったために、家族同様のような存在だったそうです。

半兵衛は、後を矢足に託し、天正7年6月13日に病が悪化してついに帰らぬ人となりました。

その後、荒木村重がこもっていた有岡城はとうとう陥落、官兵衛が見つかり裏切ったのではないことが証明されます。

官兵衛は、松寿丸が生きていたことを知り、今は亡き半兵衛の措置に非常に感謝しましたが、信長も安堵したそうです。1年間、不屈の精神で牢獄生活を希望を捨てずに過ごした官兵衛は、確実に一回りも二回りも大きな人物になったと伝わります。

「この世には信頼に値する人もいる。自分は裏切ることはするまい」と心に誓った官兵衛。以前のように自分の知恵と頭脳をひけらかすような部分はなくなり、秀吉の考えを探り出し的確に先手を打っていく冷静沈着な軍師と変化していったそうです。

松寿丸の身代わりに犠牲になった幼子

けれども、ここでものすごく気になるのは、実際、半兵衛はいったい誰の首を「松寿丸のもの」と偽って差し出したのか?ということ。

荒木村重が反旗を翻し松寿丸の命がピンチになったのは約10歳くらいの頃。

都合よく似ている10歳の男児の遺体など手に入るとは思えないので、年齢も外見も似通った、生きていた男児を連れてきて殺したのでしょうか。

だとしたら。松寿丸を助ける計画だとしても、あまりにも無慈悲で残酷な話なので「松寿丸も完兵衛も助かってよかったね!」と喜べません。

実は、半兵衛に松寿丸を匿うように依頼された不破矢足の屋敷では、松寿丸の遊び相手として幸徳という舞を得意とする小坊主をお供に付けていたそう。

その松寿丸の身代わりに斬首されたのが幼い幸徳でした。

子を、身代わりに差し出した幸徳の家は黒田家より年々銀子の扶持を受けていたそうですが……一生悔いが残ったのではないでしょうか。

松寿丸の斬首命令を悔い生きていたと聞いて安堵した信長。

「では、あの首はどこの子だったのか?」「まったく無辜の子供が身代わりに斬首されたのか」と、少しでも考えなかったのでしょうか。実に暗澹たる思いになります。

せめて「身代わりに斬首された子の供養くらいしたらどうだ」「首実験後、その幼い幸徳の首はどこにやったのだ」と、憤りを感じてしまいました。あまりにも理不尽。

この時に命を助けてくれた恩を感じていた松寿丸は、成長して黒田長政と名乗った後、不破矢足を召し抱えようと申し出ますが矢足はこれを固辞したそうです。矢足は身代わりで殺された幸徳の首を信長の元へと運ぶ役目も果たしていたとか。

もしかしたら、罪もない幸徳を犠牲にしたことで慙愧の思いに苦しめられていたのかもしれません。

4ページ目 松寿丸が命拾いした影に石田三成の力

 

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