「天皇」も「日本」も最初からあったわけではない?天皇家の系譜から読み解く古代史の謎【前編】:2ページ目
「万世一系」はいつ生まれた言葉か
「天皇」という称号、「日本」という国号は、いつから使われたのか。この本題を紐解くうえで避けられないのが、天皇の系譜である。まずはそこに触れておこうと思う。
天皇の皇統を鑑みると、初代・神武天皇から今上天皇・徳仁陛下に至るまで、歴代天皇は126代を数える。
この皇統が一貫した血筋で継承されてきたことを「万世一系」と称し、その血筋が男系であるという意味で「男系継承」という言葉も用いられている。
もっとも、この点に関しては、論者の立場によってさまざまな説や意見が述べられてきた。しかし、現代の歴史学では否定的な見解が主流となっている。
実は「万世一系」という言葉は、奈良時代の国史である『古事記』『日本書紀』にはまったく見られない。この言葉が一般に用いられるようになったのは、明治維新以降なのである。
そして、「万世一系」を明確に打ち出したのが『大日本帝国憲法』であった。
第一条 大日本帝國ハ萬世一系ノ天皇之ヲ統治ス
第二条 皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ繼承ス
第三条 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス
ここには「万世一系」だけでなく「男系継承」、さらには天皇の神聖性まで明記されている。つまり、「万世一系」や「男系継承」が強調され始めたのは、明治時代以降のことなのである。そこに明治政府為政者たちの意図があったことは否定できない。
鎌倉幕府成立以降、日本の実質的統治者は武家であった。鎌倉初期までは、天皇の権威は武家を上回るものだったが、承久の乱で後鳥羽上皇が敗れると、天皇の政治的権威は著しく後退する。
歴史の教科書を思い出して欲しい。後醍醐天皇の建武政権を除けば、幕末まで天皇の名が歴史の表舞台に現れることは少ない。
明治維新とは、いわば一度は失墜した天皇権威の復活でもあった。だからこそ、「万世一系」や「男系継承」が強調されたのである。
ただし、これは明治天皇自身の発意というより、為政者側の都合によるところが大きい。天皇を「玉」と呼んだという逸話が象徴するように、彼らは自分の権力保持のために天皇を利用したという側面もあった。

