なぜ絵馬は「馬」なのか?縄文から古墳へ続く土偶・鳥・馬に託された古代日本人の“祈りの系譜”を辿る:2ページ目
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「絵馬」の誕生
時代が進むと、生きた馬や土馬に代わり、板に馬の絵を描いて奉納する、現代の「絵馬」の原形が登場します。
現存する最古の絵馬といわれているのが、大阪の難波宮(なにわのみや)跡から出土した、大化4年(648年)の文字を記した木簡と同時に見つかった「絵馬と見られる木札」です。7世紀半ばにはすでに、現代まで続くこの信仰風俗が確立されていたことがわかります。
当初は「馬」が主体だった絵馬ですが、室町時代末期(16世紀頃)になると大きな変化が訪れます。描かれる対象が馬以外にも広がり、バリエーションが豊かになっていきました。
安土桃山時代(16世紀後半)になると、絵馬はさらに華やかな文化へと発展します。時の権力者や有力な武士たちは、自らの威信をかけて有名絵師に描かせた巨大な「大絵馬」を寺社に競って奉納するようになりました。
さらに江戸時代に入ると、この文化は庶民の間にも広く浸透します。家内安全や商売繁盛など、生活に根ざした多種多様な願いが描かれるようになり、現代のように個人が奉納する「小絵馬」のスタイルが一般的になっていったのです。
合格祈願の源流「文殊絵馬」
現代の受験シーズンに欠かせない「合格祈願」の絵馬にも、興味深いルーツがあります。奈良の興福寺で発見された260点もの「文殊(もんじゅ)絵馬」は、その代表的な例です。
これは「知恵の仏」である文殊菩薩に対し、試験の合格を祈願した学僧(がくそう)たちが奉納したものです。時代は違えども、試験に挑む若者たちの必死な思いには変わりがないようです。
何気なく手に取る一枚の木の板。そこには、縄文時代から続く「願いの形」が静かに息づいています。
※参考資料
「縄文のまじない」展覧会図録(富士山かぐや姫ミュージアム)
「祈りと遊びー祈願奉納品ー」展示資料解説シート(天理大学付属天理参考館)
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