「カツカレー」は“無茶ぶり注文”から始まった!浅草の屋台から国民食へと進化した意外な歴史:2ページ目
浅草にて
そんなカツとカレーが運命の出会いを果たしたのは、大正七年の浅草でした。
当時の浅草はオペラや高層建築の凌雲閣が立ち並び、新しい文化を貪欲に呑み込んで発展していました。
その活気の中で、料理人の河野金太郎が河金という洋食屋台を営んでいました。
当時の三大洋食はコロッケ、カツレツ、カレーライスという顔ぶれだったのですが、ある日、常連客がカツレツにカレーをかけてほしいという、当時としては破天荒な注文をします。
河野がこれに応じて提供した河金丼こそが、カツカレーの最古の形とされています。
ご飯の上にキャベツとカツをのせ、その上からカレーを豪快にかけた丼は、瞬く間に大評判となりました。
この野性味あふれる盛り付けは、当時の浅草芸人や観客たちの胃袋を鷲掴みにしたのです。
また、大正十年創業の王ろじも、独自にカツカレーの原型を生み出していました。ここではとん丼という名称で、フレンチの技術を応用した完成度の高い一皿が提供されていたのです。
こうなると、カツカレーの誕生は一箇所だけで起きた偶然ではなく、時代の要請に応じて同時多発的に起きた出来事だったと言えるでしょう。
この時期の浅草や新宿は、伝統に縛られない自由な発想が許される空間でした。そんな土壌があったからこそ、カツカレーという大胆な組み合わせが市民権を得られたのです。
